日新窟 

 

「窟」という字は読めても、「クツ」と言われて直ちには書けません。意味は「洞窟」という場合の岩屋、洞穴とか「巣窟」という場合の住処、人が多く集まるところということのようです。ですから、最初に「日新窟」という文字を見た時、ハテ、何の名前か?と思いました。

これ、実はお寺なんです。東京・港区にある浄土宗のお寺で、長年、尼僧のティック・タム・チー(釈心智)師が中心となってベトナムから日本に留学する僧侶の支援をしているそうです。その日新窟で20196月に供養塔の落慶法要が開かれ、集まった越日両国の人たちが祈りをささげたという新聞ニュースを目にしました。NHKでも放送されましたから、日本の皆さんはご覧になった方もいらっしゃるでしょう。

ニュースによると、両国の僧侶約20人が経文を読み上げ、本堂で預かってきた位牌約150柱を供養塔に移したとありました。その多くが技能実習生や留学生のものだそうです。

近年ベトナムからの実習生、留学生が激増しています。法務省の発表によると、201812月末現在で在日外国人は総数約273万人。うち中国人が最多の83万人、2位が朝鮮・韓国人の48万人で3位がベトナム人の33万人と続いています。数の上では3番目ですが、その増加率は甚だしい。この10年間で全体では1.8倍、中国人は3倍、朝鮮・韓国人は0.8倍。ところがベトナム人は何と24.5倍というからビックリ!

タム・チー師らは2012年からベトナム人技能実習生や留学生の供養を行ってきたそうですが、上のような増加につれて、大使館の依頼を受けて葬儀に呼ばれることも増え、昨年は40人、今年は既に20人近くの葬儀を執り行っています。死因は病気、事故、自殺など様々。死体検案書に「原因不明」と書かれている人も少なくないそうで、それだけ生活が厳しいことを如実に物語っているようです。 

今、私が横浜の日本語学校で教えているクラスでも、奨学金や本国からの仕送りだけで勉強を続けられる学生は皆無。カレー店、牛丼チェーン、チーズ工場、弁当工場、回転ずし、コンビニ、居酒屋、レストラン…。ハノイの貿易大学や人文社会科学大学の学生たちが優雅にさえ思えてきます。

7月のある日、都営地下鉄大門駅を降り、徒歩15分。日新窟に行ってきました。増上寺の隣と言ってもいい立地で、寺院ではありますが、周囲のオフィスビルにもマッチする近代的たたずまいです。

門を入り、階段を上ったところが真新しい供養塔。「日越親善供養塔」とあります。供養塔の後ろにあるのが墓碑。極めて清楚な石碑で、氏名と生年・没年だけが彫ってあります。見ると多くが20代。この若さで家族・友人・故郷を遠く離れ、夢を閉ざされ、挫折と失意の中で亡くなっていった青年たちを考えると胸がふさがる思いでした。