おいくつですか? 

 

路上の片隅に、あるいは小さな雑貨店の店先に風呂場で使うようなプラスチック製の小さなイスを並べただけの移動自在の茶屋での場面。ちょっと歩き疲れたとか喉が渇いたとかでぺたりと座っていて、「ウムム?」と思わされることの一つは男女を問わず、初対面の人から「Bao nhieu tuoi? おたく、いくつ?」と何のためらいもなくあっさり年を聞かれることです。妙齢の日本婦人なら、「ちょっと、失礼じゃない?」と心中穏やかでなくても不思議ではないと思います。私は年齢を聞かれてジタバタする年でもないので「いくつに見える?」と相手に当てさせ、合っていてもそうでなくても「Dung roi! そのとおり!」と笑い飛ばしています。しかし、当初は「なんて馴れ馴れしいんだろう」とか「余計なお世話でしょ」とは思ったものです。ところがよく観察していると、どうやらこれはベトナム人にとって日本人と話すのが珍しくて聞いているのではなさそうなのです。  

日本語の呼称もけっこういろいろあって、自分のことを「わたくし」「わたし」「ぼく」「おれ」「うち」などと言いますし、最近の若い人は昔の兵隊さん並みに「自分は」とも言っているようですが、ベトナム語も非常に複雑な呼称体系を持っています。面白いのは日本語で一般的に「わたし」に対応するのは「あなた」で、「おれ」だったら「おまえ」ですが、ベトナム語の場合、「わたし」が「あなた」にもなり「おまえ」が「おれ」にもなるのです。そして、その呼称が相手との身分、年齢、男女などの関係でいろいろ変わっていくのです。 

 

例えば、ちょっと年上の親しい男性に対してはAnh(兄)と呼びます。おじいさんに対してならOng(翁)ですし、ちょっと年下ならEm(弟・妹)、ずっと年下ならChau(孫)と呼ばなければなりません。そして、呼ばれた方はその呼ばれたとおり自分をAnhなり、Ongなり、Emなり、Chauと言うのです。つまり「Ongおじいさん、お元気ですか?」「うむ、Ongわしは元気だ。」「AnhぼくはEmきみが好きだ。」「EmわたしもAnhあなたが好きよ。」という訳です。 

 

それは、日本でお母さんが小さな子供に向かって「ボク、いい子だから寝る前に歯を磨くのよ。」と相手を一人称で呼んだり、子供から二人称として「お姉ちゃん」と呼ばれている若い女性が自分自身を指して「あら、おいしそうなケーキね、お姉ちゃんにもちょっとちょうだい。」などと言っているのと同じです。

 

Scene 1 

ハノイに来た当初は外国人のためのベトナム語学校に通っていました。クラスメートは勿論、先生も共に30歳前後の人たちで、私だけが倍も年を取っています。きっと先生も私を何と呼んだらいいのかずいぶん迷ったことでしょう。身分的には教師対学生で私の方が目下ですが、年齢は親同然の目上なのですから。結局「おじさん」を親しみを込めて呼ぶ「Bac Takano!」と言っていました。ちなみに、故ホー・チ・ミン大統領もよく「Bac Ho」と呼ばれます。ところが、しばらくしてお互いの気心が知れてくると、ちょっと年上の男性に対する「Anh Takano!」と呼ばれるようになりました。このようにどう呼ばれるかで相手が自分をどう見ているかが分かるのです。ベトナム語は便利!

 

Scene 2

誕生日を迎えた人には「誕生日おめでとう」と挨拶を送ります。また、毎日の食事時、テーブルを囲んで「いただきます」は当たり前。ところが、ベトナムではこれが大変。例えば、だれかから「誕生日おめでとう」のカードをもらったら、その返事に「おじさん、おばさん、先生、お兄さん、お友達へ、きれいなカードをありがとうございました。甥・姪、学生、弟・妹、友達より」と一つ一つの関係を並べなければならない。まあ、誕生日は年に一回だからそれはいいとして、問題は食事時です。「おじいさん、いただきます。」「おばあさん、いただきます。」「お父さん、いただきます。」「お母さん、いただきます。」「お兄さん、いただきます。」「お姉さん、弟、妹…」一人一人がその相手一人一人に挨拶する。みんながこんな風にしているうちに冷めちゃうんじゃないか…。

 

こんな訳ですから、ベトナム人が初対面でもすぐ年齢を尋ねるのは、相手との間合いを考え、どう呼んだらいいのかを判断して、むしろ失礼にならないようにするためだと分かりました。日本では年齢を聞くのは失礼。ベトナムでは聞かないのが失礼なんですね!