Ⅲ.  旧市街の文化・芸能  Văn hóa, Văn nghệ 

 

タンロン・ハノイは千年の都としてベトナム文化の神髄が集中し、その伝統はハノイ人の生活に豊かに反映されています。例えば、職人街、祭礼、生活習慣、食文化、伝統芸能などがベトナム文化の対象として研究、保護されています。

 

1. ハンチョン絵画  Tranh Hàng Trống

ハンチョン絵画はベトナムの伝統的な民俗絵画の一つで、二通りの画風があります。一つは宗教的なものですが、もう一つは陰暦テットに飾ります。いかにも生き生きとした絵は、半分刷って、半分描いたものです。先ず、原木に彫られた下絵を墨で刷った上に異なる色の紙を34層貼り重ねます。1枚を完成するのに数日かかることもあります。青、ピンク、緑、赤、橙、黄色が主な色です。ハンチョン絵画は19世紀から20世紀にかけて盛んでしたが、20世紀後半には次第に衰えてしまいました。今では何人の絵師が残っているでしょうか。

 

2. 芸能  Văn nghệ

1)カーチュー  Ca trù 

カーチューはベトナムの伝統的室内楽の一つで、15世紀初めにはその記録が残っています。打楽器、弦楽器に乗せ、歌い手が哀切感あふれるメロディで古語や漢詩を吟じます。昔は歌の出来具合によって、金額の書かれた竹製の札「チュー」をもらい、その報酬を受け取ったことからカーチュー(歌札)と呼ばれます。初期には貴族、役人、学者など上流階級で愛されましたが、その後庶民の間にも広がり、村の祭りや結婚式などで歌われました。しかし、酒席に女性を伴うなどしたため、旧時代の遺物とのイメージが広がり、一時衰退しました。しかし、1970年代後半から伝統文化保存の機運が高まり、この特別な文化価値を復活させようとする献身的な音楽家によってカーチュークラブが設立されました。カーチューは2009101日、ユネスコによって緊急に保護すべき無形文化遺産に登録されました。現在、ハンバック通り4244番地のキムガン(金銀)亭でカーチューを楽しむことができます。

 

2)サム  Xẩm 

放浪の盲人や貧しい人たちによって歌われるサムは、民話や有名な詩を基に作られた歌が多く、内容は単純ですが、生活の悲哀に満ちた巧みな口述芸能となっています。家族の数人が一団となって胡弓や太鼓と共に、街辻や市場で演じます。かつてはよく見られましたが、次第に消えていきました。しかし、近年になって献身的な芸人の努力により、次第に復活の兆しを見せています。かつては路上で歌われたサムが、劇場のステージで演じられるようになりました。ハンダオ通りやハンガン通りで行われるステージには内外の見物者が詰めかけます。

 

3)水上人形劇  Múa rối nước Thăng Long

水上人形劇は数あるベトナムの民間芸能の中でも最もユニークなものです。豊作祈願や農閑期のイベントとして、既に千年以上も前から村々の池で行われてきました。水上人形劇のそれぞれの組合せによって性格も力量も異なりますが、古くからの伝説に基づく劇が多いです。その伝説は農民の日常を描くもので、自然災害や外敵の破壊など様々な困難を語っていますが、それにも拘らず楽観的な生活風景となっています。

水上人形劇はハノイが発祥の地ではありませんが、ここにもたらされてこそ更に発展し、内容も形式も豊かになりました。レパートリーは田植えや村祭りなどの農村風景であったり、ハノイの英雄の紹介であったり様々です。学術的な研究成果と民間芸能の組合せがこの伝統芸能の完成度をさらに高めています。観光客はホアンキエム湖近くのディン・ティエン・ホアン通り57B番地のタンロン水上人形劇場で土日を含む毎日、鑑賞することができます。ここはハノイの代表的エンターテインメントの一つとして市内観光ツアーに組み込まれている場合が多く、日本人は勿論、大勢の外国人観光客でにぎわっています。満席になることが多いので、個人でご覧になる場合は事前にチケットを買っておいた方がいいでしょう。公演は年中無休、午後から夜にかけて何回か行われます。150分ぐらいです。この劇場では四角いプールに腰まで浸かった人形遣いが竹の御簾の向こうに隠れ、外観を寺に見立てた舞台で操ります。人形は木製で漆を塗ってあり、重さ15キロもするものがあります。棒を水面下で動かしますから、人形はあたかも水面を動いているように見えます。農民や貴族ばかりでなく、水牛、魚、亀、アヒルなど身近な動物から伝説の龍や鳳凰までが民話や歴史物語をユーモラスに展開します。内容は田植え、収穫、魚釣り、お祭りなど日常の場面です。そして歌、太鼓、琴、木琴、笛などの楽団がステージを盛り上げます。

145分ほどの短編が10数話、すべてベトナム語で行われます。しかし、農民が田植えをしている脇で魚やカエルが飛び跳ねたり、喧嘩があったり、龍が空を舞うなど花火や水しぶきも動員したコミカルな動きにだれもが舞台に引き込まれてしまいます。プログラムの一部を紹介しましょう。

・龍と鳳凰の踊り

・麒麟の踊り

・仙女の踊り

・牧童の笛

・カエル釣り

・農村の生活風景

・アヒルを盗もうとした狐を追い払う話 

・レロイ王とホアンキエム湖の伝説

 

3. 料理  Món ăn

ベトナムは熱帯の農業国で、北部、中部、南部の三つの地方にはっきり分かれています。地理的、文化的、気候的特徴、そしてそこに住む人々の性格によって食に対するそれぞれの特性があり、ベトナム全体としての食文化の豊かさにつながっています。ハノイでは繊細な味付けと風味豊かな香りが特徴で、北部全体としてもそのように表すことができます。ハノイ料理は材料にスパイスを加えますが、辛過ぎず、甘過ぎず、また脂っこくもありません。器の色彩や並べ方も食欲を刺激します。ハノイの人々は、健康食であることについても特別な関心を払います。

1)フォー  Phở 

おそらくフォーはハノイのどこでも食べられます。そして、日本人にも人気があり、最も有名な料理でしょう。朝早くでもお昼時でもいいです。湯気の立ち上る熱々が最高です。スープはとろとろに煮込んだ牛の骨から取ったものです。肉は牛か鶏です。そして、長く、細く、柔らかい麺は米から作ったものです。さらに、ネギ、黒コショウ、チリ、ライムを載せます。パイの皮のような棒パンといっしょに食べることもあります。おいしいフォーを作るには経験と技術が必要です。

 フォー   Phở 

米から作ったベトナム麺、フォーは各地で食べられますが、旅行案内書によるとハノイが本場だとか。それはもう、街角のどこでも店なり屋台なりでフォーが食べられます。日本の麺と比べるとちょっとコシがないなと思いますが、かけ汁も鶏肉あるいは半生の牛肉もうまいです。独特の香草とユズに似た金柑のミクスチャーが舌根をジュワッとさせます。たいていは、おばさんからおばあさんの女主人がフォーを山のように盛った大ザルから一握りか二握り取ります。ちょっと湯にくぐらせ、どんぶりにあけ、具を載せ、しかる後に汁をかけるのは日本の駅そばと同じです。これを例の原色系プラスチックテーブルの前で、風呂イスに地べた近く腰掛けてズルズルやるのがたまらんのです。ただし、その前に備え付けの箸の先とアルミのレンゲをティッシュで数回拭くのがセレモニーです。隣では年配者も若いカップルもすすっています。ただし、音は立てず、レンゲに取ってから口に運ぶのです。テーブルの下ではあんまりきれいでもない犬や猫が寝転んでいるかもしれません。1杯35,000ドン(約175円)。そしてバナナの12本を食べれば幸せな朝食です。フォーは塩気が多いですから血圧高めの方は要注意です。

 

2)ネム  Nem 

ひき肉、人参、玉ねぎ、春雨、きくらげなどをみじん切りにし、ライスペーパーでくるんで油で揚げた料理です。これをヌオックマム、ニンニク、酢などのたれにつけて食べます。サクッ、カリッと軽いので、ビールがよく合います。ハイネッケン、アンカー、タイガーなどの外国ビールも出回っていますが、やはり地場のハノイビールでいただきましょう。

 

3)ブンチャー  Bún chả 

ブンチャーを作るのは何段階もの手の込んだ作業が必要です。豚のひき肉と薄切り肉の二つを使います。肩のひき肉を粗びきのコショウ、ヌオックマム、砂糖、玉ねぎを混ぜたソースに漬け込み、丸いボールにして焼きます。もう一つは肉を薄切りにし、炭火で焼きます。その二つをブンチャー、香草といっしょにタレにつけて食べます。

 

4)お茶  Trà

お茶を楽しむことは何千年にも及ぶベトナム人の伝統です。お茶の文化にはいくつもの注意すべき観点があります。医学療法的な側面もよく知られる点です。暑い気候においては熱いお茶こそが体を冷やす効果があるのです。反対に、寒い冬は体を温めてくれます。日本の茶道は、単なるもてなし以上の社交上の意味を持ち、宗教的礼典の段階にまで高められていますが、ベトナムではそのようなことはありません。お茶を飲むことはビジネスや何か考えごとを始める場合や互いに知り合ったり、あるいはロマンスの初めにおいてさえ、最初の儀式となっています。政治家は交渉の前に緊張ををほぐすためにお茶を飲みます。ベトナム人の家を訪問すれば、挨拶の前にさえお茶を飲みます。そのお茶をたとえ慇懃にでも「いえ、結構です」と断ったら、その家の主人は侮辱されたとさえ受け止めるかもしれません。結婚披露宴では式の前後にお茶が出されるので、お茶を飲んで互いを知り合う機会にします。使用人たちには酒をふるまいますが、客とその客をもてなす側はお茶を飲みます。

ベトナムの習慣では、蓮の咲く月夜の晩、池に舟を浮かべます。蓮の花を取り、そこにお茶を詰めてからひもで結びます。それからハスの葉のしずくを集めます。明け方にはハスの香りがお茶に沁み込みます。そして、しずくも急須を満たすほどに集まります。数時間寝た後で幸せな午後のお茶を楽しむのです。ハノイではこのような蓮茶が有名です。

 

 

ハノイ観光  Du lịch Hà Nội

最近、高校時代の友人二人がハノイ観光に来てくれました。これまでお世話になったので、せめてそのお返しにとどこへお連れしようか、あちこち下調べをしました。まあ、ハノイ市内や近郊の観光地なら大体どこへでも行ったことがありますが、今回改めて見て回るといろいろ新発見もありました。そこで友人の旅程をなぞりつつ、皆様にも是非お越しいただけるよう、ご参考まで、ハノイの見所をご紹介したいと思います。大雑把に言えば、ハノイ市内観光に2日半、海の桂林と言われ、世界遺産にも登録されたハロン湾とハノイ近郊の伝統的な村を訪ねて2日、それに往復のフライトに1日半(帰りのハノイ発日本行きフライトは殆どが深夜便)、合計6日間が急がず、だらけずの旅程でしょう。ハノイ2日半のうち1日半は旧市街をはじめ、ホアンキエム湖、文廟、ホーチミン廟など、どなたもいらっしゃる観光地を見て、あとの1日は全くのオーダーメイド。

南部のホーチミン市が商業都市として、やれショッピングだ、やれグルメだ、やれエステだ、何だかんだと一見華やかなのは事実ですが、ハノイは千年の都。政治、社会、文化の中心として数々の史蹟を残しています。ご自分の興味に従い、歴史博物館、革命博物館のような古代から近代に至るベトナム史をたどるもよし、少数民族博物館や女性博物館を通じてベトナム社会を探るもよし、あるいは忘れもしないベトナム戦争の前後を物語る軍事博物館やホアロー収容所も印象深いでしょう。あるいはハノイ美術大学でのベトナム伝統漆絵教室や老舗レストランでのベトナム料理教室に体験入学というのも興味深いです。ハノイ近郊には、焼き物のバッチャン村、民族絵画のドンホー村、現代化以前の古い町並みと生活がそのまま生きているドゥオンラム村など魅力的なスポットが点在しています。もちろん、夜のハノイだって魅惑的かつ健康的です。中でも先にご紹介した水上人形劇場は特筆すべき民俗芸能でしょう。大河ソンホン、数々の湖や池、田んぼなど水に親しんできた農民たちが収穫祭の一環として発展させてきたもので、ベトナムの民話、寓話などが歌謡団や琴、笛、太鼓の民族楽器とともにコミカルに演じられます。農夫、農婦を初め、アヒル、魚、蛙など身近な小動物から龍や鳳などの空想上の動物に至るまで、幕の向こうで操る演じ手の意のままに動く人形たち。勿論、ストーリーはベトナム語で進みますが、コミカルで微妙な人形たちの動きは外国人観光客を沸かせるのに十分です。

そして、夜と言わず、昼間でも大いに期待したいのがベトナム料理!庶民的な味については別タブ「私のハノイ散歩道」の中の「今夜すべてのビアホイで」でお知らせしたとおりです。喧騒と猥雑の中で何でもござれの雑多な料理に水っぽいビールを堪能するのも一興ですが、まあ、初めはお上品にいきますか。高級レストランに入りますと、シックな内装とほんのりしたライティングの中で、伸びやかな民族音楽を聞きつつ、アオザイレディーのサービスを受けることができます。まずはご当地ハノイビールで喉を潤し、くらくら暑い体を冷やしましょう。前菜は定番の揚げ春巻きか生春巻き。それにハスの茎+エビ+豚肉にピーナッツを細かくまぶしたちょっと甘めのセンサラダまたはポテト+ハム+ニンジン+青豆+ピクルスを和えたロシアサラダあたりでいかがでしょうか。スープとしてはカインチュアが代表的。これはトマトの酸味をベースにパイナップルで甘みを効かせたもの。魚、野菜、具沢山でとろみのないスープです。そしてメインコースは店により得意な分野がありますが、日本人にとって間違いないのは海鮮。ベトナム近海の魚介類がふんだん。カニでもエビでも魚でも大きなものが納得いく値段で食べられます。上に載せられた緑の香草がベトナム料理の「らしさ」を演出します。タイ料理のように辛くなく、また中国料理のように油っこくなく、どちらかと言えば淡白で日本人好みのものが多いようです。もし物足りなければヌォックマムに唐辛子を加えたもの、塩辛を加えたもの、ピーナッツ味噌だれやチャインと呼ばれるベトナムレモンなどなど多彩なタレを使うといいでしょう。シメに焼き飯、焼きそばなどもいいですが、本当は白いご飯にメインコースの残り物を載せて、カインチュアをぶっかけたのをずるずるやるのが一番。念のため、これは当地では何も目くじらをたてる食べ方ではありません。デザートにどなたもいただけるのが南国フルーツの数々。パパイヤ、マンゴー、マンゴスチン、ドラゴンフルーツ、スターフルーツなど色とりどりです。

そして大事なのがホテル。ここハノイでも大型ホテルがいくつもあります。格式と伝統のソフィテル、優雅なヒルトン、高層のロッテなどは申し分ないでしょう。また日航ホテルはどことなく日本人ムードが漂い、気楽にステイできるはず。いずれも立地がよく観光にも買い物にも便利。設備も充実していて安心して泊まれます。しかし、穴場的にお薦めなのはホアビン(Hoa Binh和平)などローカル経営のホテルです。特長は何となく時代がかった名前。今でこそ欧米系の大型近代ホテルに取って代わられた観がありますが、かつては時代の先端を行くフレンチ・コロニアルスタイル。客室はゆったり、インテリア、調度ともにクラシック。そしてうれしいことにホテル代は大型ホテルの半分。ただしサービスは、泊めてやる風のちょっとお役所スタイルのスタッフに当たるかも。尤も、旧市街に潜り込めば、しゃれたミニホテルからバックパッカー向けの激安ホテルまで選り取り見取り。食べる、見る、動く、泊まる、ピンからキリまでいろいろあります。上(高級)から降りるか、下(庶民レベル)から上るか。日程とご予算に合わせて心に残る原風景満載のハノイへ是非どうぞ!